Column
エリアマネジメントからソーシャル・イノベーションへの展開
座談会開催日:2024年8月,10月
当社代表の後藤太一にとって、渋谷は学生時代に遊び、福岡移住前には住み働いた馴染みのまちある。福岡での仕事の一区切りをつけた直後に旧知の東急の東浦亮典さんから声をかけられ「渋谷駅前エリアマネジメント」の支援に携わるようになった。その後、広域渋谷圏のビジョン「渋谷計画2040」の作成、ソーシャル・イノベーションを推進する「渋谷未来デザイン」の立ち上げ、市民主体のまちづくりを進める「ササハタハツまちラボ」の立ち上げなど、まちへの関わり方は深く広くなっている。その過程で異なる立場から協働した3名と、足跡と展望を語り合った。

東浦亮典(東急常務執行役員都市開発本部副本部長)

長田新子(渋谷未来デザイン事務局長)

須藤憲郎(元・渋谷区渋谷駅周辺整備担当部長)

後藤太一
渋谷にある組織を見直して活性化
後藤:まずは東浦さんとの出会いから振り返りましょう。私が理事を務めるNPO法人ComPusのセミナーで2014年に知り合い、翌年に私が「福岡のFDCの事務局長を辞めました」と公言したら、その日にフェイスブックのメッセンジャーで「次に何やるの?」と聞かれて。「まだ決まってません」と答えると、渋谷のお手伝いをしてくれないかと声をかけてもらいましたね。
東浦:当時、当社の社内にビルを作る人は結構いたけど、エリアマネジメント(以下エリマネ)も含めてソフト戦略でつなぎ合わせていく人があまりいなかった。福岡でエリマネの事務局長をされていて、こんなにいい人はいないなと思ってお声がけしました。すると「自分は駒澤大学の近くに住んでいたから、渋谷への思いは深い。ぜひやらせてほしい」という返答をいただけたので、ウィンウィンでしたね。

長田:そこから渋谷でエリマネ活動が始まったのですか。
後藤:エリマネは2013年から、5街区の再開発のタイミングですでに動き出していましたね。
東浦:当社としてもこれだけ本格的なエリマネは初めてで、何からどうすればいいかを後藤さんに手ほどきいただきました。その頃、僕は渋谷開発全体を総括する部署の部長で、エリマネもみていた。僕が入社した頃から、渋谷と名の付く部署はあったけど、ヒカリエを皮切りに連鎖型のまちづくりを始めてから、ようやくしっかりした事業部ができました。
(提供:渋谷駅前エリアマネジメント協議会、一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント)

(提供:渋谷駅前エリアマネジメント協議会、一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント)
後藤:東急さんからのお声がけは私にとって特別で、役所から公式な仕事が来るのとは少し違いました。渋谷は東急のまちというのが強烈にあり、絶対真剣にやるだろうと。加えて、2003年頃に東急の中期経営戦略策定のお手伝いをした経緯があり、どう変わっているのかを見たくて、やらせてくださいとお返事しました。
東浦:僕が渋谷の部長になったとき、過去の経緯から、渋谷には東急が人やお金を出しているまちづくり協議会のような組織がいくつかありました。何をしているのか聞いてみると、設立当時は何らかの意図があったものの、時代と共に活動がマンネリ化してきていた。渋谷の開発がモリモリしてきて、スタッフが足りず経営リソースも限られる中、役割を終えたものは閉めました。一方で、歴史はあるけれど、まちづくりに資する役割が曖昧になっていた渋谷再開発協会に、適任と思われる人を送り込んだところ、見事にヒットして協会のプレゼンスが一気に上がりました。もう一つ、渋谷区観光協会も長谷部渋谷区長と相談してトップを入れ替えたことで活性化した。
つまり、渋谷の開発が本格的に始まるのにあたって、外郭組織を取捨選択し、役割を終えたものは廃止、休眠していたものを活性化し、人の入れ替えをやった。その一連の活動の一つに、エリマネの後藤さんを連れてくるというのがあったわけです。後藤さんに声をかけてから僕は渋谷の担当を一時期離れたので、「後藤太一さんが僕の最大の置き土産」といつも言ってました(笑)。今は渋谷にあるいろいろな組織がすごく力をつけて、効果的に動けるようになりました。
産官学民で連携し、まちの可能性を開拓
後藤:須藤さんとは「渋谷計画2040」の検討や「一般社団法人渋谷未来デザイン」(以下、未来デザイン)の設立準備からご一緒しました。当時、渋谷区の渋谷駅周辺整備担当部長でしたね。
須藤:後藤さんにお会いしたのは、2013年にエリマネの協議会を作ってしばらくしてからでした。
後藤:そもそも渋谷区は、なぜエリマネが必要だと思われたのでしょうか。
須藤:5街区で大規模開発が始まるとき、それぞれの事業者が公共空間を維持管理しているとレベルがバラバラになるという危機感から、事業者に課せられたんですよ。
後藤:今ではエリマネがにぎわいや防災などもやるけれど、出発点は施設管理でしたか。
須藤:2013年、区としても一から勉強でした。でも、後藤さんが入られたことで、全国エリアマネジメントネットワークとつながりができて楽しくなり、東急の社員の皆さんもすごくモチベーションが上がって、やっぱりエリマネはまちにとっていいことだという意識が強くなりましたね。
後藤:須藤さんは2018年に設立された未来デザインの発案者で、初代事務局長を2年間務められました。多様性あふれる未来に向けた渋谷区を作るため、多様な人々のアイデアや才能を集めて、社会的課題の解決策や可能性をデザインする産官学民連携組織とうたっています。立ち上げには相当ご苦労されたことでしょう。
須藤:そうですね、「そんな組織できるわけない」と、面と向かっても陰でもものすごく言われていました…しかし、僕は渋谷の未来のために必要な組織だと確信していました。
東浦:どうして必要だと思われたのでしょうか。
須藤:未来デザインの設立から遡ること4年ほど前、法律に基づいた都市計画の手続きと合意形成が時代のスピードに合わず、直近のまちの課題解決が遅れるため、どうすればいいかを渋谷区職員で話し合っていました。また、これまでのハード整備中心のまちづくりから、アーバンデザインセンターなど新しい枠組みによる、あらゆる人の居場所がある人間中心のまちづくりへとシフトしようという機運が全国でも高まっていたことが、外部組織の設立を検討する後押しになりました。行政だけのまちづくりに限界があることから、小泉秀樹先生(東京大学工学系研究科教授)のアドバイスもいただきながら、産官学民連携組織が必要と仮説を立て、職員からのボトムアップで未来デザインの設立について区長に判断いただきました。
後藤:渋谷区が2016年に打ち出した基本構想「ちがいをちからに変える街。渋谷区」とも重なりそうです。
須藤:その通りです。未来デザインはこの構想をもとに、産官学民共創によって課題解決を超える可能性を開拓するプロジェクトを推進することで、まちづくりに寄与できる。自分ごととしてまちづくりに関わる産官学民を増大するための実験だと考えていました。


後藤:未来デザインを検討する会議に、私はいきなり呼ばれて、区長と副区長、小泉先生と横並びでフラットに話をさせてもらいました。なぜ私に声をかけてくださったのでしょうか。
須藤:どんな組織にするか、それぞれの意見があって、揺れてたわけですよ。そこで、福岡でFDCという産官学民組織などいろいろな組織体を回し、かつ海外経験もある後藤さんのことを知り、この方の意見も並列で聞いた方がいいと判断して、会議に入ってもらいました。
後藤:そういう話だったのですか。
須藤:ご存じの通り、行政は決められた仕事を決められた予算の中でしっかりやることが得意です。しかし、お金を儲けようという発想も、産官学民の組織を立ち上げた経験もありませんでした。後藤さんにはFDC(福岡地域戦略推進協議会)の事例からいろいろアドバイスいただき、産官学民の役割や組織組成、予算計画書の作り方などを教えてもらい、経験値と幅広い人脈にとても助けられました。渋谷計画2040を作るときも参考にして、具体的なものを入れ込まないと意味がないと学びました。改めて、行政職員は、ずっと勉強し続けなければいけないなと思っています。
後藤:私は渋谷に10年ほど関わってきて、須藤さんのDNAが役所に受け継がれたこともあり、役所のマインドが変わってきたと感じます。いろいろな若手が活躍しているのもいいなと思います。
須藤:私なりに、100年に1度の都市大改造に関われることがいかに稀有なのかを区職員に気づかせて、積極的に行動するように育ててきたつもりです。
東浦:須藤さんのように覚悟を決めて全てを背負い、かつ柔軟な方が行政側にいてくれたことは、すごく大きかったですね。
渋谷のブランド価値を高める取り組み
後藤:レッドブル社のチーフマーケティングオフィサーだった長田さんは、どんな経緯で渋谷区に関わるようになったのでしょうか。
長田:2017年にレッドブルを辞める前、渋谷区観光協会のプロジェクトと連携していて、誰かに引き継がなければと理事長に話したら、「辞めて何するの?」と聞かれて。未来デザインという組織があるから副区長に会ってと言われて、9月から3月までボランティアでお手伝いしました。週に数日区役所に通い、事業計画書を書き、交渉や広報戦略のサポートなどもしました。
後藤:渋谷との関わりはそれが初めてですか。
長田:いえ、レッドブルは渋谷区の会社で、レッドブル時代に渋谷でオフィスを探し、私も引っ越して渋谷区民になっていました。でも、まさか自分が渋谷のエリアマネジメントをするなんて思ってなかったし、まちづくりは役所の仕事で、民間企業からすると何かしたいときに行くのが区役所でした。
後藤:それでも関わろうと決めたのは、どうしてでしょう。
長田:レッドブルのときは、会社のマーケティングとブランディングを担っていました。ブランドはちゃんと計画的にやらないと死んでいくんですよ。渋谷はすでにまちとしてブランドがありますが、世界に通用するために渋谷のブランド価値を継続的に高めるために、いろいろな取り組みをしていくのは、すごく面白くやりがいがあるだろうと思ったんです。未来デザインによって、渋谷にいろいろな面白い企業や人を呼び込み、つなげていきたいと思いました。
後藤:長田さんは未来デザインの設立から関わり、最初は事務局次長でしたね。
長田:はい、区の職員で事務局長だった須藤さん、次に大澤さんのもとでそれぞれ2年次長として働き、5年目に初めて民間出身の事務局長になりました。
後藤:まちづくりは役所がやるものだと思っていた長田さんから見たら、日々全てが新しい感じでは。
長田:最初は特にそうでした。組織を立ち上げて、自走するにはどうしたらいいか。当初作った事業計画では全くお金を稼げそうになく、食いつぶすわけですよ。それで、基盤を作ろうと会員制を強化しました。
後藤:理事会で承認してもらって、最初は役所をはじめ東急など主だった企業からお金を集めて原資を作り、とりあえず場を始めたと。しかも、プロパーのスタッフは王道である工学部の建築・都市計画・土木ではない人が多くて、今は世の中がそういう流れになってきているものの、先駆け的な存在でした。未来デザインで区の職員と一緒に働いてみて、どうでしたか。
長田:区職員の皆さんは、基本的に決まったことをやるのが仕事だったのに、企業を相手に自分で動いていかなければいけないことにビックリしていました。あと、お金を自分たちで作るという、いつもと逆転の発想にも戸惑っていたと思います。
この10年でハードもソフトも変わった
後藤:この10年で、渋谷はすごく変わったと言われています。若者のまちから大人のまちに、商業からオフィスのまちになり、5街区の開発、宮下公園や渋谷川といった公共空間のハードはもちろん、ソフトも変わったと感じます。10年前と比べて、どこが一番大きく変わったと思われますか。
東浦:10年前は駅中心に5街区のことだけを考えて渋谷の再開発と呼んでいたけど、今はさらに外周部の話に移ってきました。
後藤:どのぐらい外周ですか。
東浦:例えば、もう見えているものなら旧東急百貨店本店跡地の「渋谷アッパー・ウエスト・プロジェクト」や、この間オープンした「渋谷アクシュ」あたりは、もともと渋谷駅周辺5街区の開発エリアに入ってなかったんですよ。今、我々の計画段階ではさらに外側をやっていて、規模が大きくなった。渋谷のまちの開発は、“サグラダ・ファミリア”ならぬ“シブヤダ・ファミリア”みたいな感じで終わりがなく、どんどんネットワークがつながっています。
後藤:空間はもちろん、地権者やディベロッパー、お店などの人もつながっていく感じですか。
東浦:それもありますね。渋谷アクシュが竣工したとき、竣工パーティに地元の方をお招きすると、山手線渋谷駅の西側と東側の人がいらっしゃる。もともとにぎわっていた渋谷のセンター街などの西側と、最近盛り上がっている東側で、お互いに負けていられないなという機運が上がり、いい意味の競争意識が芽生えていると思います。
後藤:10年20年前には、そんなことはなかったのですか。今は町会長や商店街の人、柔らかいタイプの人もかっちりスーツを着た人も交わっている印象があります。
東浦:昔はそんなに会う機会もなかったと思います。再開発協会や観光協会、未来デザインなどいろんな団体が頑張っているからこそ、さまざまな会合が開かれて、多様な人が集まっています。
後藤:長田さんは、どこが変わったと思いますか。
長田:ハードは明らかに変わりました。レッドブル時代、渋谷はブレイキンの聖地なのでここでイベントを始めて、2010年に代々木体育館で世界大会を開催し、渋谷のバリューを感じました。渋谷でカルチャーが生まれ、みんなが集まって世界大会をする。でも、開発によって、だんだんどこでイベントができるのか分からなくなり、宮下公園もなくなって…。まわりの人からも「自分たちの居場所はなくなりました」と言われたんですよ。そんなタイミングで未来デザインに関わるようになり、俯瞰で見ると、渋谷の再開発は行政と商店街、民間など多くの方が変わっていくまちを作っているんだなと初めて分かりました。
東浦:「渋谷は東急さんのまちですね」とよく言われるけど、そうでもなかったと思うんですよ。もちろん東急百貨店やSHIBUYA109はあるものの、細街路や路地裏も多くて、東急の開発が及ばないところが遙かに多くて、自由なまちだった。でも、「渋谷スクランブルスクエア東棟」をはじめ巨大なハードがこれだけできてきて、駅周辺はずっと工事しているから、一般の方からすると、とてつもなく大きな公権力みたいなものがまちをコントロールしていると見えるようになったんじゃないかな。かつての渋谷発のトレンド、流行として、渋谷系ファッションや音楽、ガングロやヤマンバなどがあったのですが、それ以降あまり出てきていないし。
昔は東急のビルも含めて、渋谷は商業のまち、あるいは飲み遊ぶまちだったのが、この10年でオフィス床の伸び率がものすごくて、IT系の人を中心に働くまちに変わってきた。これからも床がどんどん増えてくるけど、どこまで働くまちにするか、どこまで商業、どこまでホテルにするか。最近は住んでお金を落としてくれる人を増やそうと言ってるけど、エンターテインメントを含めて遊ぶところの間口も広げられるといいなと思います。
長田:うれしい変化もあります。これまで地元から「スケボーはうるさいからやめてくれ」「音楽がうるさい」「ブレイキンって何だ」といろんな声があって、何年も対話を重ねてきました。すると先日、あるイベントの後の懇親会で、地元の重鎮が「今日思ったんだよね、俺たちはやっぱりみんなに場を開放しなきゃいけないのかな」とおっしゃって、すごくうれしかったです。
東浦:大きな会議になると重鎮ばかりで、若い人の実態や意見が入りにくいので、長田さんはそういうのを伝えてくれる数少ない存在だと思います。
後藤:パリオリンピックでは、東急不動産がブレイキンの大会のスポンサーになってましたね。
東浦:オリンピックで10代の子たちが次々とメダルを取って、インタビューされてもいい子たちだから、もっと応援してあげたい気がするね。
長田:渋谷がやった方がいいですよ。しっかり対話して、プレイヤーを大切にしてほしいと思います。
東浦:そうだね。渋谷を見渡すと、別の会社が手がけたMIYASHITA PARKは屋上部分が開放されています。東急だけが渋谷を考えるのではなく、いろいろな主体が考える渋谷があっていい。いろんな人たちのアイデアでまちが開かれていくといいなと思います。ただ、今は工事費が高くなって、ディベロッパーは余白を作りにくくなってきているのも事実です。
後藤:それぞれが工夫して動いて、違いがあることが、結果として渋谷らしさになりそうですね。

Photo by Dick Thomas Johnson on Flickr, licensed under CC BY 2.0
商業ビルの販促から、まちづくりへ
後藤:40年ぐらい前には、西武対東急の時代がありました。
東浦:西武対東急は、商業施設の中の販促競争で、屋外の陣ではなかったんですよ。
後藤:まちづくり以前の話だと。
東浦:まちづくりはしてなかった。昔、渋谷のまちにおいて東急関連で一番目立っていたのは東急百貨店で、東急電鉄なんて全く表に出てきてないんですよ。地元まわりは東急百貨店に全部任せて、商業の人たちが地元とお付き合いしたり、地元のお祭りを盛り上げる協賛金を出したりしていた。それはまさに販促の観点です。渋谷を盛り上げることで我が店を盛り上げて、西武じゃなくて東急に来てねという競争をしていた。SHIBUYA109を作ったところぐらいまでは百貨店の流れで、リテーラーが面白い商業施設を作ろうとしていました。あれは商業ビルづくりで、まちづくりではないんです。それが5街区の都市再生から流れが全く変わり、いわゆるリテーラーではなくてディベロッパーが出てくるようになったんですよ。
未来デザインの成果とその背景
後藤:未来デザインが2018年から毎年開催している「SOCIAL INNOVATION WEEK」(以下、SIW)は、お堅い都市計画のフォーラムと違い、渋谷から未来の可能性を考える対話・構想・体験・実証の場として、カジュアルにいろいろな人が入りやすい形を作っているのがいいですね。未来デザインを設立して7年経ち、須藤さんはどう受け止めていますか。
須藤:実績としてうまく回り出しているのは、SIWとスポーツ系でしょうか。SIWは行政計画として書かれるようになり、区が予算をつけることで、しっかり関われる部署が増えてきたのは成果だと思います。年間を通してSIWという認識も広まってきました。それに、さっき話に出ていましたが、初年度にアンダー15のアーバンスポーツのイベントを開催し、それが拡大して、今ではブレイキンでオリンピック選手になる人も出てきた。それまで街中で何かすると反発していた人たちも、子どもが出てくると温かい目で見ていただけるので、いい影響を与えてくれています。渋谷でまちに関わってくれるプレイヤーを巻き込むのには、未来デザインが合っていると思います。

後藤:渋谷は何でもあっていいよねと言われますが、丁寧にみていくと、体育館や企業の立地とか、昔からあるカルチャーを丁寧に扱って渋谷の強みになっている気がします。改めて、未来デザインが成果を出しているのはどうしてだと思われますか。
須藤:民間の企業から見ると、渋谷区の行政につながりやすい組織だけど、行政そのものではないから、わりとグレーなところでやりやすいというのはあるでしょう。民間がやろうとすると手続きで止まったり、法律があるからできるかどうか不明で躊躇したりするところも、未来デザインが間に入ることでスムーズに進みやすくなっています。後藤さんにご紹介いただいて、弁護士さんに入ってもらったことも良かったです。法や制度をどう解釈すればいいか、政策と民間との事業の折り合いをつけて、こんな方法ならありだと提案できることもプラスに作用しています。
渋谷駅東口の地下通路を広場に
後藤:私たちが今いるこの渋谷駅東口地下広場は、下水を流す川と通路があるだけだったけど、エリマネが「もったいない」と言ったことがきっかけで広場になりました。投資する価値があると民間が判断したことで、大変な苦労のもとで許認可を取り、都市再生の計画を変えて、このしつらえになりました。私としては奇跡が起こったと感じているんです。エリマネといえばにぎわいで楽しくという雰囲気だったのに、公共空間を作ったんですから。東急が空間の使い方を区経由で都と掛け合った結果、生まれましたね。
(出所:渋谷駅前エリアマネジメントのウェブサイト)

(出所:渋谷区ウェブサイト)
東浦:この空間を作るためにエリマネ自身が金融機関からお金を借りて、エリマネの機能を最大限活用して、まちを盛り上げようとしています。できた直後にコロナ禍になり、借金を返せないかもしれないという危機もありましたが、今は多くの人が歩いてますね。
後藤:本当にすごいことですね。区としてはどう受け止めていますか。
須藤:東口はもともと東京都の管轄で、当時の区長と話して、区の広場にした方がいろいろやりやすくなるということで、区が引き受けると大英断したことで大きく動きました。広場と位置づけて新たな機能を入れることは、すごくいいことだと僕は賛成しました。
後藤:行政の立場からすると、手続きがとても面倒で大変だと思いますが、意味があることだから進めようと決められたことが素晴らしいですね。
須藤:もちろん大変面倒ではあるけれど、大切なことは言い続けてきちんとやらないと行政の意義がなくなってしまうから、僕はやり続けてきました。特定区域景観形成指針が東京都景観計画に認定され、「渋谷らしさを持った景観形成」のために渋谷区が設置した渋谷駅中心地区デザイン会議が、主体的に大規模建築物などのデザイン調整をできるようにしたことは、画期的だったと思います。
後藤:昔から丁寧に準備して枠組みなどを作ってきたからこそ、今はいろんなことが動いているのですね。
長田:ただ、未来デザインはこの空間でやりたいことがあったけど、ほぼ全部許可が下りなかったんですよ。レッドブルのときも、全国でイベントをしましたが、渋谷が一番難しい印象でした。他の都市はウェルカムで協力してもらえるのに、渋谷はどこに申請すればいいかも分かりづらくて。
東浦:渋谷は人が来ない冬の時代を経験していないから、もしかしたら少し危機感が足りないかもしれませんね。それに警察の基準が難しくて、この1、2年、渋谷は開かれていない感が出ちゃっている気がします。ハロウィンやカウントダウンなどで、ひどすぎる使われ方を見てしまったし。
後藤:確かにあれを見ると、もっとオープンにしましょうとは気軽に言えないですね。
東浦:商店街の人もゴミ問題などで苦労されていて、もうちょっとうまく楽しみながらできる方法を考えなければ。以前は僕もハロウィンの翌朝、ゴーストバスターズの格好をしてゴミを拾ったら、すごいメイクをした若者が「すいませんでした」と一緒にゴミを拾うようないい光景があったんだよね。
後藤:渋谷は大都会の商業地区であるがゆえに、地味な清掃や警備よりもにぎわいが先行してしまった。それに、駅前に住民がいれば警察や行政や住民組織が動くのに、あまり住民がいないから、商店街はお客さんに来てほしいのに、来ないでと言わざるを得ない自己矛盾が生まれて…。
東浦:簡単に答えが出ない課題ですね。
長田:本来はちゃんと人を歓迎しないと、いつかみんな他のところ行ってしまうかもしれませんよ。
エリマネにもっと光を当てたい
東浦:未来デザインができる前から、僕はたまたま海外の事例を見ていたので、これから日本でも大規模な開発にはエリアマネジメントがセットになってくると予測していました。ただ、渋谷をはじめ全国的にエリマネの認知度が低く、役所の人と勘違いされることもある。行政の下部組織で、行政の指示を受けて小間使いのように動く現場の人がエリマネと認識されるケースもありますね。東急はお金や人を出していたけど、公共性を担保しながらニュートラルな立場でやるところがミソで、バランスが崩れないように上で見る人や組織が必要だと感じていました。今、全国にエリマネができてきても、なかなかうまくいかないという話も聞きます。
後藤:そんな中でも、渋谷ではエリマネがいろんな人から歓迎されつつあります。なぜそうなったのでしょうか。
東浦:西側と東側の重鎮ふたり(西側は渋谷道玄坂商店街振興組合理事長の大西賢治さん、東側は渋谷宮益町会会長で渋谷宮益商店街振興組合理事長の小林幹育さん)が、頭が柔らかくて懐が深いのが大きいと思います。「俺の目の黒いうちは何も変えさせない」みたいなことは言わず、「ああ、いいじゃないか、やろうぜ」と言ってくれるので。
僕はエリマネの事務局長や現場で頑張っている人にもっと光を当てることで、エリマネのモチベーションを上げると共に、意義のある仕事という認識を広めて、やりたい人を増やしたい。それはうちの社内はもちろん、まちでもやってほしい。開発が拡大していけば、エリマネの役割は大きくなりますから。
東京都から区へ権限委譲を進める
後藤:渋谷区のような特別区は、税収を増やすことが難しいですね。他の自治体は固定資産税が増えるから開発を促したいけど、渋谷区では全て東京都に持っていかれて、自分のところに入ってこないから。
東浦:そこが特別区のねじれたところで。
長田:私、東京都の人に言ったんですよ、「東京都さんがどんどんお金を持っていくので、私たちはお金がなくて困ります。都が23区にお金をアロケーションした方がいい」と言ったら、「確かにそうだね」と。東京都と23区はもっと連携して、相乗効果を出してほしいです。
後藤:渋谷で言う人が今までいなかったんでしょうね。
東浦:広告もめちゃくちゃになってるから、渋谷の中心街だけでも国際競争力を高める意味で、屋外広告物条例の特別エリアにすればいいのにと思います。
須藤:同感です。区が独自に屋外広告物条例を持てないからしょうがないと言っていると、何も変わらない。屋外広告物特区みたいに本気で抜いていかないと、何もできないと思います。東京としても、区に政令指定都市と同様の権限をいくつか委譲することで、もっと価値を上げられるのではないでしょうか。
後藤:渋谷には、東京都も巻き込んだ新しい仕組みが必要かもしれません。
みんなで「渋谷らしさ」を追求する
後藤:皆さんはこれからの渋谷にどんなことを望みますか。
須藤:未来デザインはこれからも議論に終わらずゼロから実行する組織として、まちづくりにマイナスな既存規制の課題の見える化と共に、その解決策として都市の可能性を増大するプロジェクトを実行していってほしいです。組織形態やプロジェクトの進め方は、失敗を恐れず年度途中であっても改変していく柔軟な姿勢が大切です。都市計画も同様で、時代の変化とスピードに合わせた、丁寧な議論による計画の見直し修正が必須で、その経過を含めて市民へ分かりやすく発信することが重要です。
今、全ての人が考えるべきは、人が都市で幸せに生活するには何が必要か、幸福の定義、生活のあり方などかなと思います。まさにまちづくりはどこに向かうのかが問われていると感じるこの頃です。
東浦:本当におっしゃる通りですね。渋谷のハード面でいうと、僕はウォーカブルなまちにしようという方針に期待しています。渋谷には、オリンピックがあったパリのシャンゼリゼのような、安心して歩けるメインストリートがない。僕は旧大山街道が候補かなと思っていて、豊かな歩道空間と、折々のイベントがあるといいですね。将来的には銀座線の上を歩けるときが来たら、世界的にもすごい観光名所になるに違いありません。
後藤:皆さんがビックリするでしょうね。
長田:私から見ると、渋谷は基本的に観光客のまちというイメージが強い。さっきお話したように、渋谷でイベントや活動をしたいプレイヤーが結構いるので、そういう人たちにもっと開かれてほしいと思います。
東浦:SOCIAL INNOVATION WEEKが始まる半年ぐらい前に、渋谷で何かしたい人を公募したらどうですか。
長田:やりたい人からアイデアを募るのはいいですね。SIWのときは、企業にプレイヤーを応援する側に回ってもらって。もう一つ、東浦さんがおっしゃるようにウォーカブルもポイントで、渋谷に車がいない道路の空間ができれば、昔のホコ天のように土日開放のようなことができれば、価値があると思います。
東浦:東急としてはまだまだ渋谷の再開発が続く中、開発事業部は忙しくてハード開発に労力の9割方を使っています。まちのブランディングが手薄になり、渋谷のカルチャーが生まれなくなり、他のまちと同質化して面白くなくなったという批判的な意見もあります。僕はアートでもエンタメでも、渋谷でもっと自由なソフト施策ができるといいなと思うし、仕掛けていきたいです。「渋谷は同じことをやっても違うね」と言われたいなあ。数か月に1回はアッと驚かせるような、「やるな、渋谷」ということをやれるといいですね。
長田:渋谷の駅まわり全体が1つのテーマで盛り上がって、みんなが回遊する仕組みを作りませんか。クリスマスでも夏祭りでも、回ってみたら全部すごいみたいな。
私は須藤さんに本当に感謝しています。未来デザインの立ち上げから2年間がっちりご一緒したとき、須藤さんは私がやることに対して、絶対に反対しないんですよ。実現に向けて二人三脚でやれたことが本当にありがたい。そのおかげで今も自分の得意分野を生かして、企業やマーケティングの人など皆さんに、こんなまちづくりをしようと発信できています。須藤さんは区役所にいながら、並々ならぬ努力によってご自分の意思で数年かけて未来デザインを作られました。須藤さんたちがまいた種を、私たちがお水をかけて育てて…みんなのアイデアで発展させていくのが渋谷らしさだと考えています。
須藤:ありがとうございます。長田さんのようにものすごい力のある人がいてくれたから、未来デザインは生き延びて、そして存在感を増してきたと思っています。
後藤:渋谷の人からはよく「渋谷だから」「渋谷らしい」という言葉が出ます。それがすごいと思います。
長田:渋谷って、渋谷にいる人はもちろん外から関わっている人や関わりたいと思っている人が多くて、みんな自分の思いを語られます。こんなに関わりたい人がいるまちは他にないし、大事にした方がいいですよね。
東浦:100人いたら100人なりの渋谷への関わりや思いがあります。何かやりたい人がやれるまちにしていきましょう。
#プロフィール
東浦 亮典 とううら りょうすけ
東急株式会社 常務執行役員・都市開発本部 副本部長
1961年東京生まれ。1985年東京急行電鉄(現・東急株式会社)入社。自由が丘駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。執行役員都市創造本部運営事業部長などを経て、現職。渋谷駅周辺をはじめ東急沿線の開発戦略、開発計画などを統括する。著書に『私鉄3.0』(ワニブックスPLUS新書)、『東急百年』(ワニブックス)がある。
長田 新子 おさだ しんこ
一般社団法人渋谷未来デザイン 理事・事務局長
AT&T、ノキアにて通信・企業システムの営業、マーケティング及び広報責任者を経て、2007年にレッドブル・ジャパン入社。エナジードリンクのカテゴリー確立及びブランド・製品を市場に浸透させるべく従事し、2017年に退社。2018年より渋谷未来デザイン理事・事務局長として、都市の多様な可能性を追求するプロジェクトを推進。NEW KIDS代表としてマーケティング・PR関連のアドバイザーや、マーケターキャリア協会理事、日本ダンススポーツ連盟理事など幅広く活動を行う。著書に『アスリート×ブランド 感動と興奮を分かち合うスポーツシーンのつくり方』(宣伝会議)。
須藤 憲郎 すとう けんろう
一般社団法人渋谷未来デザイン コンサルタント / 元 渋谷区 渋谷駅周辺整備担当部長
1977年から渋谷区役所土木部に配属。歩行者空間整備や橋梁・公園の計画・設計・管理を担う。2009年から都市整備部で渋谷駅周辺整備に係る総合的調整を担当。2018年度、渋谷未来デザインを立ち上げ、事務局長に就任し、新しい仕組みを軌道に乗せる。2020年度に事務局長を退任後はコンサルタントとしてプロジェクトを推進。
年 | 地域の出来事 | Region Worksのやったこと |
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2015 | 一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント 設立 | 渋谷駅前エリアマネジメント協議会の伴走支援 |
2016 | 渋谷駅前エリアマネジメント協議会 付加価値投資会議を設置 | 渋谷駅前エリアマネジメント協議会の伴走支援、および付加価値投資会議の運営 渋谷未来デザインの設立検討支援 |
2017 | 渋谷再開発協会「渋谷計画2040」検討委員会 | 渋谷駅前エリアマネジメント協議会の事業方針とスキーム検討支援 渋谷再開発協会「渋谷計画2040」検討支援 渋谷未来デザインの設立支援 |
2018 | 渋谷未来デザインの設立 渋谷再開発協会「渋谷計画2040」策定 渋谷都市シンポジウム実行委員会 シンポジウム「イノベーションの舞台としての都市 2020年の先の渋谷」 渋谷未来デザイン 渋谷川利活用社会実験「Work Park Pack」 渋谷区まちづくりマスタープラン改訂 | シンポジウム「イノベーションの舞台としての都市 2020年の先の渋谷」の企画進行支援 渋谷未来デザインのプロジェクト企画推進支援 渋谷川利活用社会実験「Work Park Pack」を通じた屋外広告物条例の規制緩和に関する検討支援 |
2019 | 渋谷駅東口地下広場 開業 東急グループ「グレーター渋谷戦略」 渋谷区 区民部に商工観光課を設置 渋谷区「産業・観光ビジョン」 渋谷未来デザイン「Social Innovation Week」開始 渋谷未来デザイン 笹塚敬老館利活用実験 | 「渋谷計画2040」推進の伴走支援 東急グループ「グレーター渋谷戦略」検討支援 渋谷未来デザインのプロジェクト企画推進支援 ササハタハツまちラボ設立支援 |
2020 | ササハタハツまちラボ 設立 渋谷区と東急「グローバル拠点都市の形成等に関する包括連携協定」締結 | 「渋谷計画2040」推進の伴走支援 渋谷未来デザインのプロジェクト企画推進支援 ササハタハツまちラボの運営支援 |
2021 | 「渋谷計画2040」推進の伴走支援 渋谷未来デザインのプロジェクト企画推進支援 ササハタハツまちラボの運営支援 ササハタハツまちラボ エリアビジョン検討支援 | |
2022 | ササハタハツまちラボ「エリアビジョン」 | ササハタハツまちラボの運営支援 |
2023 | ササハタハツまちラボ「仮設FARMコミュニティ運営」 | ササハタハツまちラボの仮設FARMコミュニティ運営支援 「渋谷計画2040」改訂の支援 |
2024 | 渋谷再開発協会「渋谷計画2040エリアビジョンまちづかい戦略」 公益社団法人日本都市計画学会の 2023年度計画設計賞 題目:渋谷駅周辺都市再生におけるエリア全体の都市デザイン調整の仕組みと渋谷らしさを強調した新たな価値を生む都市空間マネジメントの実現 受賞者:渋谷区、渋谷駅中心地区まちづくり調整会議、一般社団法人渋谷未来デザイン、一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント、一般社団法人渋谷再開発協会 ササハタハツまちラボ「仮設FARMコミュニティ運営」渋谷再開発協会設立60周年 | ササハタハツまちラボの仮設FARMコミュニティ運営支援 |